糸賀一雄記念賞音楽祭と
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福島智×小室等プロジェクトの2年間 ―音楽による、心の宇宙への架け橋―

社会福祉法人グローでは「障害者表現活動の地域拠点づくりモデル事業」(滋賀県補助事業)として、盲ろう者である福島智氏(東京大学先端科学技術研究センター 教授)と小室等氏(ミュージシャン)が協働し、新曲を作るプロジェクトを行った。

0208hyougensurutoiukoto38新曲「ときめきの宇宙」演奏の様子

 

■プロジェクトの発端

福島氏が失明したのは9歳のとき。音楽が好きだった福島氏は、ビートルズやサイモン&ガーファンクルをよく聞いており、中学生のときはトランペットを吹いていた。高校生になると友人とバンドを組み、自分で作詞・作曲した曲を演奏していたそうだ。その後18歳で福島氏は失聴し、40年近い月日を盲ろう者としての人生を歩んできた。

福島氏のもとにフォークシンガーの小室等氏が訪れたのは、2018年8月のことだ。小室氏は、滋賀県で毎年11月に開催する「糸賀一雄記念賞音楽祭」で2012年から総合プロデューサーを務めている。同音楽祭は、糸賀一雄記念賞の受賞者をお祝いする目的で行われており、滋賀県に住む知的障害のある人を中心に、総勢約200名が出演している。

2018年の同音楽祭では、「客席のボーダレス」ということをテーマに、視覚障害・聴覚障害をはじめとした様々な障害のある人が舞台を楽しめることを目指した取り組みを行おうとしていた。

舞台に立つミュージシャン達にとって、客席に聴覚障害のある人、盲ろうの人がいることを想定した時、どのような音楽が届けられるのか―

この問いに対して、福島氏からの見解を得るべく、小室氏は研究室のドアを叩いた。

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小室等氏


福島氏との会話では、傍にいる通訳介助者による「指点字」が使われる。この指点字とは、盲ろう者の左右の人差し指から薬指の6指を点字のタイプライターに見立て、通訳介助者が直接指で打って伝えるコミュニケーションツールだ。福島氏と母の二人が考案者である。

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福島智氏(左)と通訳介助者(右)

 
「現代の芸術の発信方法の多くは、視覚と聴覚に頼っています。振動(触覚)や嗅覚などは脇役です。そのため、見えなくて、なおかつ聞こえない人というのは、まず基本的に音楽に関わることが絶望的である、ということが出発点です」

小室氏との対話の中で、まず初めに福島氏は前提として、このように話した。舞台上の音を振動に変えて観客に伝えたり、手話コーラスといった工夫は存在する。しかし福島氏は、中途の盲ろう者や聴覚障害者にとっては、それらの工夫が必ずしも音楽として認識できるものとは言えないのではないか、と指摘した。

盲ろうの人たちがいる客席に向け、自分たちの表現を届けるための入り口に立つことすらも難しい―このような課題に突き当たった中、福島氏から、思いもよらない提案があった。

 「盲ろう者が音楽に関わるための方法は一つしかないと思います。それは、パフォーマンスをする側に行くことです。例えば、私が曲を作詞作曲し、小室さんに歌ってもらう。そうしてパフォーマンスに間接的に参加するのはどうでしょうか。」

この言葉を受け、福島氏が失聴する前に作った曲のデモ音源を聞いた小室氏は、「ぜひ福島さんの音を再現したい」と快諾。新曲作りを目指すこととなった。

 

■2018年 新曲「心の宇宙」の制作と発表

プロジェクトは、まずは原型となる曲を福島氏が作ることから始まった。

福島氏は、かつて聞こえた頃の音楽活動で覚えたメロディやコード、リズムを記憶している。

頭の中に新たに思い浮かんだメロディ、盲ろう者になってから夢に出てきたメロディ、聞こえた頃に作ったメロディ…。断片的に思い浮かぶ(あるいは記憶に残る)それらのメロディを楽曲に反映していった。こうして10月には原型となる曲が作られ、福島氏がピアノで弾いた音源は小室氏に渡る。

そして11月には、歌詞が出来上がった。曲名は「心の宇宙」。子供のころから音楽と天体観測が好きだった福島氏が大切にしてきた言葉が、散りばめられている。

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幼かった頃 夕焼けを見た

幼かった頃 アゲハ蝶を見た

幼かった頃 アンドロメダを見た

それはみんな消えたけれど、今

 

僕と歩こう 夕日に向かって

今日は明日に続いているから

君と祈ろう 朝日に向かつて

生きてる手ごたえ感じるこの日々に

 

少年だった頃 ビートルズを聴いた

少年だった頃 鈴虫を聴いた

少年だった頃 潮騒を聴いた

それはみんな消えたけれど、今

 

僕と語ろう 夜空の星座を

僕の心には宇宙があるから

君と歌おう 新たなメロディー

手と手を重ねて 心のメロディーを

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原曲と歌詞を受け取った小室氏は、福島氏の思いを第一にしながら、他のミュージシャン達と協働して楽譜化し、演奏に向けたアレンジを施していった。

 

楽曲が初めて披露されたのは、2019年2月に滋賀で開催された「アメニティーフォーラム23」での「小室等ナイトコンサート」である。ヴォーカルは小室氏が務め、小室氏が信頼するミュージシャン達が参加した。

この本番前日のリハーサルで、編曲された曲が福島氏に披露された。

福島氏は指点字と他の方法を組み合わせて、演奏を聞いた。同伴する通訳介助者二名のうち一人が左隣に座り、福島氏の膝を軽くトントンと叩いて拍子をとる。もう一人は福島氏の右隣に座り、指点字で、歌のテンポに合わせて歌詞を打つ、という方法だ。時には指点字をする通訳者介助は、歌詞ではなくコードを打ってメロディを伝える。また、ギターやピアノ、スピーカーに直接福島氏が触れ、曲を感じることも試みた。

そして新曲「心の宇宙」の披露には、多くの聴衆が来場。福島氏、小室氏のトークを聞いて制作プロセスを知りながら、ともに演奏の時間を楽しんだ。

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新曲「心の宇宙」演奏の様子

 

■2019年 2曲目の制作へ

「心の宇宙」の発表後、福島氏は新たな曲づくりに意欲を持ち、小室氏も福島氏とのプロジェクトを再度行いたいと考えた。両者の思いがつながり、2019年8月から第二弾となるプロジェクトが始まった。

1作目と同様、まずは原曲のメロディから作られた。新たに作られたメロディだけではなく、曲の最後の部分には、かつて福島氏が失聴する2ヶ月前に作ったというメロディも、組み合わされている。

12月、歌詞づくりを控えた福島氏に小室氏が提案したのは、歌詞をラブソングにすることだった。この提案に乗った福島氏が書き上げた曲のタイトルは「ときめきの宇宙」。

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昨日見た夢 きみが泣いてた

静かに さめざめと泣いてた

明日見る夢で 君は笑うだろう

ころころと澄んだ声できっと

 

ぼくは一人でいた 宇宙のような場所で

とても暗くて とても静かな世界に

ぼくは君が見える 君の声が聞こえる

この宇宙のように 時を超えて

ああ 愛は 光と共に このぼくの胸を流れる

 

昨日見た夢 君は震えてた

小刻みにガタガタと 震えてた

明日見る夢で 君は歌うだろう

りんりんと澄んだ声できっと

 

ぼくは一人でいた

宇宙のような場所で

とても孤独で とても厳しい世界に

ぼくは君が見える 君の声が聞こえる

この宇宙のように 時を超えて

ああ 愛は メロディと共に このぼくの胸を流れる

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ヴォーカルは「スケールの大きさとディテールを表現できる女性シンガーが良いのでは」との小室氏からの提案により、李政美氏を迎えることになった。

2020年1月。発表に向け、楽曲にバンドアレンジを加えるため、小室氏とミュージシャン達が東京のスタジオに集まった。この日、福島氏は参加することはできなかったが、ミュージシャン達は、それまで1年半のプロセスの中で感じてきた福島氏の曲に対する思いや好みを思い浮かべながら、そのイメージに近づけるよう考え、アレンジを加えていった。

そして2月。「障害者の文化芸術フェスティバル―グランドオープニング―」内のプログラムとして、小室氏等によるコンサート「表現するということ」が滋賀で開催される。「ときめきの宇宙」はこのコンサートの目玉として、アレンジを施した前作「心の宇宙」と共に発表された。

小室氏とミュージシャン達による演奏の前、福島氏が舞台上で挨拶し、プロジェクトのことを以下のように語った。

「普段の生活では、言葉で伝えることばかりで『言葉漬け』になっている。でもイメージからメロディを振り返ったり、逆にメロディからイメージをしたりすることで、普段使っていない脳の部分が活性化するような感覚が得られる。音楽は素晴らしい。長く触れてこなかったけれど、自分の中に音楽があることが分かった」

 

■音楽に求めるものは人によって異なる

ここからは、2年間にわたるプロジェクトの諸要素をもとにした考察を加えたい。

盲ろう者や聴覚障害者のうち一定の人には、音楽に対するニーズがあり、実際に音楽活動に参加している人もいる。過去の研究によると、重度聴覚障害の大学生34人に行われたアンケートでは、週に1回以上音楽を聴くと答えた人が79%、カラオケが好きと答えた人は53%といった結果が出ている(※)。滋賀県内に目を向けても、盲ろう者の人がヴォーカルとしてバンドに参加する活動が現在も行われている。

2018年に施行された「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」では、「文化芸術を創造し,享受することが人々の生まれながらの権利であることに鑑み,国民が障害の有無にかかわらず,文化芸術を鑑賞し,これに参加し,又はこれを創造することができるよう,障害者による文化芸術活動を幅広く促進する」ことが基本理念としてうたわれた。

盲ろう者や聴覚障害のある人が音楽に関わることを求めたとき、どのようなことができるのか。答えを探す上で、まずは「音楽に求めるものは人によって異なる」という観点から考えていきたい。

福島氏は、音楽に親しんだ時期を経た後に盲ろう者となった。小室氏との対話では「聴覚障害の人の中にはカラオケに行って歌うのが好きだ、という人もいるが、僕にはできない」と語られたことがあったが、それは頭の中にある音と、発話する音のズレに対して繊細に感じていることから出た言葉だ。

では福島氏にとっての「音楽」とは何か。

今回のプロジェクトでどのように、音楽に接することができたのだろうか。


※川島光郎/コンピュータ支援音楽教育から見た聴覚障害者の音感認識 ,2002.

 

■触覚を通じて、音楽の記憶が演奏とつながる

福島氏はどのようにして音楽を認識しているのだろうか。福島氏が受け取る音楽の情報について、以下のように分類して考えてみたい。

①拍節

②音階と和声

③歌詞

④楽器自体の響き

⑤その他(楽器や演奏の様子説明など)

福島氏が演奏を聴くときは、これらの要素のうち一度に二つを選んでいた。

椅子に座って演奏を聴くときは、①と②、①と③、あるいは①と⑤の組み合わせがあった。膝上で①の情報、両手で②/③/⑤の情報を受信する。①は非言語情報、②/③/⑤は言語化(あるいは記号化)された情報だ。

楽器にふれながら演奏を聴くときは、②と④、あるいは③と④の組み合わせとなる。このときは手の平側で楽器に触れながら、手の甲側で指点字を読む。楽器自体にダイレクトに触ることで、音が消えていくときの残響までが拾えるそうだ。

言語化された情報について、福島氏は、

「伝えられる範囲で伝えてもらい、そこから逆に歌を連想していきます」

と語っている。このように、福島氏が触れた複数の情報は脳内で歌のイメージに変わっていく。

なお、福島氏の通訳介助者には、音楽の基礎知識を持つ人がいる。このことにより、福島氏は演奏の中で音階やコードの情報を指点字で受け取ることができた。指点字に限らず、芸術表現の場では、非言語表現を適切に言語化・記号化することができる通訳者は、貴重な存在となるだろう。

 

作曲についてはどうだろうか。

福島氏は断片的メロディから頭の中にあるイメージを起こしていったが、このとき福島氏は音楽スタジオに行き、ピアノに触れる時間を取っている。

福島氏は、

「ピアノを弾けば音が聞こえる、ということではなく、指を使い黒鍵の位置なども確認しながら弾くことで、記憶や、心の中のメロディを蘇らせていく感じ」

「ピアノに触れながら、これはどんな音だっただろうか、Dm7はどんな感じだっけ、と何回もやって思い出す」

と語っている。ピアノに触れることも媒介としながら、脳内で浮かんだ曲のメロディを、具体的な音階・コードに変換していくことで、曲の原型を作り上げていく。

 福島氏の心の奥にあった音楽が、触覚を媒介にして外の世界に出ていく。そして演奏により福島氏のもとに戻ることにより、福島氏は心の中の音楽をよりはっきり認識する。さらに編曲による変化も受けながら、その認識も少しずつ更新されていく…。目には見えない中で、そのようなプロセスが発生していたのではないだろうか。

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ピアノに触れて鑑賞する福島氏

■心の宇宙を共に旅する

今回のプロジェクトでもう一つ欠かせないことがある。それは上演によって、福島氏の「心の宇宙」が他者と共有される場と時間が生まれたことだ。

福島氏にとって、幼い頃からの憧れであった宇宙。それは、永遠の美と孤独の象徴でもある。

「万有引力とは ひき合う孤独の力である」

谷川俊太郎氏の『二十億年の孤独』にある一文だが、プロジェクトが始まる前、福島氏はこの言葉について、以下のように語っていた。

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詩の持っている重みが、今の状態でとてもよく分かります。星は孤独だから、孤独に耐えられないから、万有引力で引き合うんですね。

見えなくなって聞こえなくなって、人とコミュニケーションしないと、限りなく絶対的な孤独になります。そうなると、宇宙の中に自分が居るんだかいないんだかが、分からない。

人は一人では生きていけない、とよく言われます。物理的な意味では勿論ですが、それだけではなくもっと深いところで、一人だと自分の存在が宇宙の中で実感できないと思うんですね。自分が仮に光を放ったとする。だけど周りが真っ暗闇の闇だったら、どこまでいっても光が吸い込まれてしまって、何もないんですよ。二人以上の人間が居ないと、自分自身の存在も確認できない。光が届いて、そこに誰かいるっていうことが分かって初めて、自分もここにいるんだっていうことが分かる。

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福島氏はこのプロジェクトで、このような世界観を、音楽で表現することを試みた。

コンサートは、演奏する人と聴く人が、時間と場所を共有することによって成立する芸術だ。演奏の間、時間はリズム/旋律/歌詞によって構成され、そこから溢れる音は、空間を支配する。

「宇宙」の名を冠した楽曲たちがコンサートで演奏されるとき、その場には福島氏が「音楽を届けたい相手」であった妻の香菜絵氏、そして多くの聴衆がいた。

見えない、聞こえない、ということは変わらない。けれど演奏の間、その場に立ち会った人々は、「心の宇宙」の時間を福島氏と共に旅した。

 

■「喪失」から「再生」へ

音の記憶が曲となり、その演奏に触れることが、音の記憶を鮮やかなものにする。

演奏の時間の中で、表現が人々と共有される。

この二つの出来事を通して、福島氏は自身にとっての音楽に触れることができたのではないだろうか。

盲ろう者、聴覚障害のある人によってバックボーンは違う。そのため、音楽を楽しむためのアプローチの仕方も多様なものがあるだろう。本プロジェクトでは、福島氏からの積極的な提案があったり、作曲の知識が活かされたりと、音楽に親しんできた福島氏の経験が反映される形で展開した。

福島氏は自分の人生について、「喪失」と「再生」というキーワードを出して語っている。音楽の「喪失」から「再生」への取り組みは、音楽を通じた人生の「再生」ともつながり得る。中途失聴をした人の中には、福島氏と同様、音楽活動に携わったことがある人、親しんできた人もいる。そのような人々の日常において、音楽との様々な接点が再生されていくことを目指して、今回のプロジェクトで得られた知見を活用していくことができればと思う。

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